(図3)1980年当時の各社の50ミリf1.4レンズ
驚くほど各社の構成は似通っています。
写真レンズの基礎と発展より引用。註4
(図1)ガウスタイプの誕生
「写真レンズの基礎と発展」
より引用
(註4)
第4話:ガウスタイプ
(図4)
ガウスタイプの元祖であり
直系の子孫でもある
プラナー50ミリf1.4

(図2)ニコンの50ミリ
標準レンズの歴史
カメラの主流が
レンジファインダーから
一眼レフに移行するに
従い標準レンズの主流は
ゾナーからガウスに移って
いきました(註4)

 今日の一眼レフ用標準レンズに多用されている構成が「ダブルガウス構成」です。一般には略して「ガウスタイプ」と呼ばれます。この構成は前から順に凸、凹の色消し、絞り、凹の色消し、凸の順にレンズエレメントを前後対称に配列するというものです。
 一般に写真レンズは前後がまったく対称型の構成にすると理論上像面湾曲やディストーションを前後の構成がお互いに打ち消しあうために発生しないという利点があります。これを「ルドルフの原理」といいます(註1)。ですから収差補正が困難になる明るいレンズや超広角レンズは昔から対称型構成にするのが定石でした。
 ガウスタイプは現在もっとも標準レンズの大口径化に有利な構成とされておりほぼ全社の50ミリF2から1.2のレンズに採用されています。
 このガウスタイプの語源となった人物の名前はドイツの数学者カール・フリードリヒ・ガウス(1777−1855年)から由来しています(註2)。「整数論」「幾何学」「解析学」で多大な業績を残しました。高校数学の「基礎解析」(←今は、「数学II」と言うのか...年齢がバレますねw)などで年表にも名前が出ているのでご存知の方は多いでしょう。磁石の磁束密度の単位ガウス(Gs)も彼の名前から由来しております。でも、気をつけて欲しいのは現在のガウス構成はガウス博士が発明したわけではないということです。
 ガウスは写真術発明以前より天体観測に没頭しており、従来のダブルメニスカス構成では望遠鏡の対物レンズに使うには色消しが不十分だとして凸レンズと凹レンズの貼り合わせを剥がした独自の対物レンズを設計します(図1、イ)。結局ガウス博士の望遠鏡対物レンズは商品化されなかったものの、後年、アルバン・グレイアム・クラーク(註3)がガウスの対物レンズを絞りをはさんで前後対称に並べると(図1、ロ)上述の理由で像中心部から周辺部まで均一な画質が得られることを発見し1888年特許を取得しています(だから単にガウスタイプというと望遠鏡の対物レンズを意味し、写真用に前後対称型に配置したレンズはダブルガウスタイプと呼ぶのが正式)。
 さらに1896年にはツァイスのパウル・ルドルフ博士がクラークのレンズでは色消しが不十分だとして2群と3群の凹レンズを凸凹張り合わせのダブルメニスカスに置換した有名な「プラナー」(図1、ハ)を発明します。ここでようやく現在我々が知るガウスタイプの原型が完成しました(註4)。
 つまりガウスタイプとは当のガウス博士の死後40年も後に発明された構成であり、ガウス博士もきっと草葉の陰で「俺の名前を勝手に使うな!」と仰天されていることでしょう。本当ならば設計者にちなんで「ルドルフタイプ」とか「プラナータイプ」とでも名づけたほうが正しいのかもしれません。

2002.09.14
2002.10.14改定
2012.08.05改定

資料)註1)誰も書かなかったライカ物語(近藤英樹著/写真工業出版社/2002)
    註2)国民百科事典(平凡社/1976)
    註3)写真レンズの歴史(ルドルフ・キングズレーク著/朝日ソノラマ/1999)
    註4)写真レンズの基礎と発展(小倉敏布著/朝日ソノラマ/1995)

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 ガウスタイプはトリプレットから発展してきた前述のテッサー、ヘリアゾナーとはまったく異なる進化の道をたどってきたということで特筆に価するレンズ構成ですが、前から順に凸、凹、凹、凸の順で配列されているので「中心に凹レンズが2枚あるトリプレット」という考え方もできます。
 プラナーの発売は1896年とテッサー(1902年)よりも早かったのですが一般に標準レンズとして広く採用されるのは1930年代も後半になってからです。というのはトリプレットから発展したテッサーやゾナーは基本的に3群で空気との境界面が6面なのに対しガウスは4群なので空気との境界面が8面もありレンズの内面反射が多かったからです。そのためプラナーは中心から周辺まで像が均一だけれどコントラストは低いので周辺部の像は甘くてもコントラストが高いゾナーやテッサーの方が画面サイズが小さな35ミリカメラには向いているとされました。戦前の「ライカvsコンタックス」論争でライカのレンズはコンタックスに比べて甘いといわれたのにはコンタックスがゾナーを採用したのに対してライカのズマールやズミタールがガウスタイプだったという事もありました。
 しかし、戦後レンズコーティングの真空蒸着が実用化されるとレンズの内面反射の問題が解決したため前後対称性が高くまた、張り合わせ面が少ないのでレンズの曲率を自由に選択できるというガウスタイプ本来の優位性が見直され広く採用されるようになりました。また、ゾナータイプはガウスタイプに比べてレンズ後玉からフィルム面までの距離(バックフォーカス)が短いために一眼レフの時代に入ると反射鏡の入るスペースを開けなければいけないため標準レンズには使えなくなりました。
 今日の一眼レフ用ガウスタイプは50ミリという焦点距離で反射鏡に後玉が当たらないようバックフォーカスを稼ぐために各社試行錯誤を繰り返し、さまざまな改良策が考えられましたが(図2)、結局2群目の凸と凹の張り合わせ面を剥がして空気間隔を空け(これを空気レンズと呼びます)前群の屈折力を弱める一方、4群の凸レンズの後ろにもう一枚凸レンズを追加して後群の屈折力を強めバックフォーカスが長くなるようにするという構成が最終解として定着しています。。これらは変形ガウスタイプとよばれています(図3)。