トリプレット、テッサーともに優れたアナスチグマートでしたが、構成枚数が少ないために収差補正の自由度が限られ、明るさの限度はF2.8程度です。
戦前のカールツァイスでパウル・ルドルフの後を継いで数学部部長に就任したルードヴィッヒ・ベルテレはトリプレットをベースに明るいレンズの研究を始めました。
1924年、まだ若干23歳という若さでベルテレは「エルノスター100ミリF2」という当時としては空前の大口径レンズを設計しました。これは分かりやすく説明するとトリプレットの前の凸レンズと中間の凹レンズの間に凸メニスカスレンズを追加したものです。このエルノスター構成は画角が弱いけれども明るくできるので現代にいたるまで100ミリクラスの中望遠レンズのお手本とされています。
このレンズは最初「エルマノックス」というカメラに装着して発売され「目で見えるものなら何でも写せます」というキャッチフレーズで話題になりました。いまでこそ目で見えるものは何でも写真に写って当然ですが、感光材料(このエルマノックスはフィルムではなく乾板を使います)の感度が低かったこの時代、室内ではマグネシウムフラッシュなどの補助光がなければ撮影は不可能だったのです。
このエルマノックスを使用した屋内スナップ写真はザロモンの作品が知られています。
エルノスターは乾板写真用のエルマノックスには十分でしたが、画面サイズが小さい35ミリカメラには画質が不足していました。続いてベルテレは1931年にトリプレットの中心の凹レンズを3枚の張り合わせに、後ろの凸レンズを2枚の張り合わせにしてより高度な収差補正を狙ったゾナー50ミリF2をコンタックス用に設計します。
ゾナーとはゾンネ(太陽)からとった命名であるというもっともらしい俗説がありますが、実際には地名からとったようです。
トリプレットから発展したのでゾナーは基本的に3群構成です。こうしてベルテレはゾナー構成で35ミリから85ミリ、135ミリ、180ミリと数々のコンタックス用交換レンズを独力で発明していきました。
ゾナー構成は張り合わせ面が多いためにレンズの曲率が著しく制約され、収差補正の点では次回のガウスタイプに比べて不利です。しかし、コーティングが無かった当時は張り合わせ面が多いと言う事は空気との境界面が少なく内面反射が少ないというメリットがあり、ガウス構成をとった当時のプラナーやライカのズマール等よりコントラストの高い描写がプロに高い評価を受けていました。
しかし、ゾナータイプはガウスタイプに比べてレンズ後端からフィルム面までの距離(バックフォーカス)が短いために一眼レフの標準レンズには不向きで、レンジファインダー時代にはよく適用されてきたゾナータイプも一眼レフ時代に入ると中望遠を除いて姿を消していきます。
現在京セラから発売されているゾナー180ミリF2.8(図6)(図8)は大雑把にレンズ構成が3組に分かれていることで旧ゾナーの面影を残していますが、張り合わせ面は殆どなくなっています。
コンタックスGマウントのゾナー90ミリF2.8(図4)やコンパクトカメラのコンタックスT2(図9)に搭載されたゾナー38ミリF2.8(図7)はゾナーと名乗っていますがレンズ構成は純然たるエルノスタータイプです。現在、カールツァイスはゾナー構成もエルノスター構成もそろってゾナーと命名しています。
(図1)エルマノックス(1923年)
アトム版(4.5x6センチ)
現代のセミ版と同サイズの乾板を使用する
カメラです。(引用文献:アサヒカメラ1992年12月増刊)
(図2)コンタックスIIA(1950年)
ゾナー50ミリF1.5付き
(引用文献:アサヒカメラ1992年12月増刊)
(←図3)ゾナータイプの発展。
トリプレットから張り合わせ面を増やして
いったことがわかります。
(引用文献:写真レンズの基礎と発展/
小倉敏布著/朝日ソノラマ刊)
(←図6)現在のゾナー
180ミリf2.8
張り合わせ面がなくなり
群数が3群から6群に増え
たが、大雑把に3群に分か
れており往年のゾナーの
直系であることがわかります。
(図4↑)ゾナー90ミリF2.8
(図5↑)Mヘキサノン90ミリF2.8
(図4)(図5)→
このクラスのレンズ
はエルノスタータイプ
が現在でもよく適用
されています。
(資料)写真レンズの基礎と発展(小倉敏布著/朝日ソノラマ刊)
写真レンズの歴史(ルドルフ.キングズレーク著/朝日ソノラマ刊)
写真レンズの科学(吉田正太郎著/地人書館)
コンタックスTシリーズのすべて(瑛出版/2001年)
2002/08/26
2002/09/08改定
(図7↑)コンタックスT、T2用
ゾナー38ミリF2.8(1984年)
画角に弱いとされるエルノスタータイプを広角レンズに適用する例
は少ない。
(←図8)ゾナー180ミリ
f2.8
(1975年)
(図9→)コンタックス
T2(下/1990年)
とT3(上/2001年)