第7話:ズームレンズの原理

 当コンテンツではいままで単焦点レンズの構成図を中心に解説してきましたが、いよいよ第7話からズームレンズの解説に入ります。
 まず、ズームレンズの概念ですが、レンズの焦点距離と画角を任意に変化させることができてなおかつピントが移動しないレンズのことを言います。ですから焦点距離が変化する際にピントがずれるレンズはズームレンズとはいえません。これはバリフォーカルレンズと分類されます。
 ズームレンズの発明者はだれかというと、これはカメラの発明者はだれかと聞いているのと同じくらい難題です。なぜなら写真発明以来150年間の間に多くの人々がバリフォーカルレンズ、ズームレンズの特許を取得しているからです。その歴史は驚く無かれ、19世紀の写真創生期にまでさかのぼります。
 おそらく焦点距離が変化する写真レンズとしての最初の特許は「第1話:単玉と複玉」にて紹介したシャルル・シュバリエの可変焦点距離レンズでしょう。シュバリエは収差論というものをよく理解してはいませんでしたが、経験的に2枚のレンズ間隔を変えて並べると焦点距離が変化することに気が付き、それを写真レンズに応用します。ただし、これは撮影者が自由に焦点距離を変えることはできずに同じレンズエレメントを長さの異なる鏡胴に収めて異なる焦点距離で発売していました(図1/註1)。
 しかし、光路追跡計算もせずに経験上で並べただけのレンズではしっかり収差計算した上で設計されたペッツバールに画質ではかないませんでした。ペッツバールは各焦点距離に応じて最適のレンズ構成を選ぶべきだと主張したのです。言うなればシュバリエが「ズーム派」でペッツバールが「単焦点派」だったのですが、市場はペッツバールに軍配を上げました。今日ではこのシュバリエの可変焦点レンズは殆ど現存していません。

(図1)シュバリエの可変焦点距離の
組み合わせレンズ(1861年)
註1
(図2)前群の凸レンズを移動させると焦点距離が変化
するが、図のように焦点移動が生じる。
註2

 シュバリエの可変焦点レンズはダブレットを2組み並べたものです(図1)。レンズの間隔を変化させることで何故焦点距離が変化するかを解説するのには最適なので、ここに図示します。
 2枚の凸レンズを近づけると屈折力が強くなるため2枚のレンズをあわせた合成焦点距離が短くなり、つまり広角レンズになります。一方、2枚のレンズの間隔を離すと合成焦点距離が長くなるので望遠レンズになるのです(図2/註2)。
 これは2枚共凸レンズでの例ですが、現実には凸レンズだけでレンズを構成するとペッツバール和がプラス方向に傾き像面湾曲が発生するため、凹レンズも配置するのが普通です。凹レンズを凸レンズに近づけたら凸レンズのプラスパワーが凹レンズのマイナスパワーで相殺され屈折力が弱まるために焦点距離が長い望遠レンズになり、逆に離すと広角レンズになります。
 ただし、図を見ても判るように前群だけ、または後群だけを動かすと焦点が移動してピントを合わせなおさなければならずズームレンズには使えません。そこでCompensation(補正)という作業が必要になるのです。
 ズーミングによって移動する焦点面は曲線的に移動するため、2群ズームは前群を曲線運動、後群を直線移動させ、双方を動かして焦点面が一定位置にくるようにすればよいのです。これはレンズヘリコイドに曲線のカムを入れることで行います。機械的に焦点移動を補正するため「機械補正(Mechanical Compensation)」といいます(図3)。

(図3)2群で焦点移動のないズームレンズを
作るには2群を同時に移動させ、前群のレンズ
はカムで移動量を補正した機械補正型にする
必要がある。
註2

 ズームレンズはキングレーク(コダック/註1)や池森(キヤノン/註3)の分類によると、機械補正式の2群、3群、4群。それとカムを使わない光学補正式ズームの4種類に大別できます。

(図4)現在の機械補正式ズームレンズは焦点距離の守備範囲により3種に大別できます。
一般的に一眼レフ用のズームレンズは広角系が2群ズーム、大口径望遠ズームが4群ズーム、全域ズーム
は3群ズームが基本で、今日ではその発展型が主流です。



                       機械補正式ズーム
 機械補正式の2群はレトロフォーカスの広角レンズの前後間隔が変化するようにしたものと考えてください(図5)。前群の凹レンズ(これをフォーカス系、焦点系と呼びます)と後群(これをバリエーター、変倍系と呼びます)の主光学系を離すとレトロフォーカスの広角レンズになり、近づけると対称型構成になります。
 機械補正式の3群は光学補正式から発展したもので前から順に凸、凹、凸の順番に並んでいます(図6)。中心の凹レンズ(前群バリエーターとかエレクターと呼びます)は殆ど動かず、ズーミングするときには前群(フォーカス系)と後群(バリエーター)が一緒に前後に移動します。レンズを手前に引寄せると前群の凸レンズのプラスパワーが第2群の凹レンズのマイナスパワーに打ち負かされて全体的にレトロフォーカスの広角レンズになります。中間で止めると対称型の標準レンズとなり、前に伸ばすと後群の凸レンズが第2群の凹レンズのパワーで相殺されてテレフォトの望遠レンズになるのです。
 2群ズーム、3群ズームともに近年ではズーム倍率の高倍率化や大口径化に伴う機械補正の複雑化のため、後群のバリエーター成分をさらに2群や3群に分割する一種のフローティングを採用するのが普通になっており2群ズーム発展型の4群ズーム(SMCペンタックスFA28−80ミリF2.8等)、3群ズーム発展型の6群ズーム(キヤノンEF35−350ミリF3.5−5.6L等)の多群ズームの時代となっています。
 4群ズームは各群の役目がはっきり分かれているのでズームレンズの基本原理の解説に一番適しています。前から順にフォーカス系、バリエーター、コンペンセーター(補正系)、マスターレンズ(リレー系)に分かれています(図7)。第1群のフォーカス系はその名の通り、ピント合わせのためだけに機能し、ズーミングしても移動しません。第2群はズーミングに合わせて直線移動して前後のパワー配分を変化させます。フォーカス系の位置が不変のままバリエーターだけ動かすと焦点移動が発生するため、第3群のコンペンセーターが移動する焦点面を曲線移動しながら追いかけます。そしてピント位置が一定のまま倍率だけ変化した虚像を実像に戻すのが第4群のマスターレンズ(リレー系)です。このように前から順に3群の成分が規則正しく移動するため「3成分機械補正式ズーム」とも呼びます。もっとも最近ではこの種のズームレンズはズーミングしても長さが変わらない性質上携帯性が悪く、また広角系に弱いために80−200ミリF2.8の大口径望遠ズームや250−600ミリF5.6などの超望遠ズーム、VTR用ズームに残るのみとなっています。

                     光学補正式ズーム
 一方の光学補正式ズームはコンペンセーターも補正カムもありません。中心に配した凹レンズを動かないように固定し、その前後にほぼ同程度の屈折力を持った凸レンズをサンドイッチ状に配します。この前後の凸レンズを間隔が一定のまま前後に連結して移動させることで焦点距離を変化させるのが「光学補正式ズーム(Optical Compensation Zoom)」です(図8/註4)。
 光学補正式ズームは補正カムが必要ないので製造コストが安く済み、大量生産に向いていたため1960年代には主流でしたが、光学補正のためにレンズ構成に制約が多いため収差補正には不利で、また前後の間隔が変化しないために高倍率化、小型化にも限度があるため(図9)、レンズ鏡胴の工作技術の向上とともに次第に姿を消してしまいました。
                      まとめ
 という訳でクラシックレンズ漁りに走らないかぎり現在市場に出回っているズームレンズはほとんど全て機械補正式で広角系は2群とその発展型。全域系や小口径望遠は3群とその発展型。大口径望遠は4群(3成分機械補正式)と考えればよろしいです。少々乱暴な分類ですが
「伸ばしたら望遠、縮めたら広角」になるのは3群ズーム発展型(図6)
「伸ばしたら広角、縮めたら望遠」になるのは2群ズーム発展型(図5)
「ズーミングしても長さが変わらない」のは前から順に「フォーカス系・バリエーター・コンペンセーター・リレー系」に分かれた3成分機械補正式4群ズーム(図7)

と覚えておけば一応の分類はできるでしょう。本当に乱暴ですが、広角系の2群ズームは一度縮んでからまた長くなるUターン型の移動をする個体も多いので注意が必要です。


資料)註1「写真レンズの歴史」(ルドルフ・キングズレーク著/朝日ソノラマ/1999年)
   註2「光学」(久保田広考著/岩波書店/1965年)
   註3「カメラ・レンズ百科」(池森敬二他/写真工業出版社/1983年)
   註4「カメラレビュー」1984年1月号(朝日ソノラマ)

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2002/10/30
2004/10/25改定

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↑(図9)典型的な3成分光学補正式ズームの例
MDロッコール100−200ミリF5.6
(1965年)
(図8)凹レンズの固定成分(II)を
はさんだ前後の凸レンズ(IとIII)が
連結して前後運動する
光学補正式ズームレンズ。
↑(図5)典型的な2群ズームの例
リケノンP24−40ミリF2.8
(1984年)
↑(図6)典型的な3群ズームの例
バリオゾナー40−80ミリf3.5
(1978年)
←(図7)典型的な3成分機械補正式
4群ズームの例
SMCペンタックスFスター
250−600ミリF5.6ED
(1987年)