ズミクロン50ミリF2
(初期型固定鏡胴)
これぞ伝説のズミクロン。1953年発売。翌年に発売されたライカM3の標準レンズとしてカリスマ的な人気を誇る名玉です。設計者はマックス・ベレーク博士から直接指導を受けた直弟子の最後の1人と言われたウォルター・マンドラー博士。発売当初は沈胴式でしたがF2の明るさのレンズでは沈胴鏡筒は肉薄になりすぎるため1956年には固定鏡胴になりました。
ズミクロン50ミリF2はズミタール50ミリF2の接合面を剥がして前後の曲率を変化させわずかな空気間隔を空ける事で開放時のコマ収差を改善したものです。この手法は「空気レンズ」(LuftLinsen)と呼ばれ一世を風靡しました。当時は空気との境界面が少ないほうが内面反射が少なくコントラストの高い描写になるため接合面をなるべく多くするのが基本でした。現にツァイスのゾナー50ミリF1.5には接合面が4面もあります。しかし、接合面を増やすということは貼り合わせ面のレンズ曲率を等しくしなければならず収差補正の上では自由度が制限されます。ズミクロンは当時実用化されたレンズコーティングの恩恵でその設計の束縛から解放された最初の製品と言えます。
今の基準で言えばたかだかF2程度の明るさのレンズでこれは手間のかけすぎだと言えますし、事実「性能をよくするためにレンズ構成の上で、設計上のムダと贅肉を背負ってる。その上、製造側にもしわ寄せを持ち込んでしまった。つまり完成度の高い設計ではない」「空気レンズの存在は、レンズが偏心しやすく、製造泣かせだったに違いない」(小倉敏布談/「ライカに追いつけ」神尾健三著/朝日ソノラマ刊)「ぼくはズミクロンは実力以上に評価されていると、実は思っているんです。あれだけの材料を使い、あれだけ凝った設計をすれば、もっといいレンズになる。」「きわめてわずかな空間を空けるとか、使っている材料に特殊なものを採用しているとか、レンズの曲率にしても非常にきつい方法でやっているから、一度にたくさん磨けないなどと、いろんなことがある。だからズミクロンと同じものをキヤノンでつくるかといえば、つくらないでしょうね。」(伊藤宏談/アサヒカメラ1993年12月増刊「郷愁のアンティークカメラIIIレンズ編」/朝日新聞社)という評価もあり、それは1980年に設計変更された現行ズミクロン50ミリF2はズマールと同様平凡な4群6枚の標準ガウスタイプに戻っている事が証明しているのですが、一方で各社の一眼レフ用の50ミリF1.4では2枚目と3枚目間の空気レンズとズミルックス50ミリF1.4の後群凸レンズ2枚構成を採用しており、ズミクロンとズミルックスの遺産は今なお世界中で受け継がれているのです。
またこの初期型ズミクロンは屈折率を上げるために放射性同位元素のトリウムを添加したガラスを使用しており、環境対策上問題があるとしてすぐに設計変更を受けたといういわくつきの伝説もあります。上述のセレナー50ミリF1.8、キヤノン100ミリF3.5、一眼レフカメラのキヤノンF1の設計主任で知られる伊藤宏氏の言わんとする「あれだけの材料」ですが、1952年のUSA特許によるとレンズ構成の前から順に1、3、6、7枚目がLaK(ランタンクラウン)N9、2枚目がSF(重フリント)7、4枚目がLLF(特軽フリント)1、5枚目がTiF(チタニウムフリント)4、と高屈折ガラスをこれでもかとふんだんに使用しております。確かにこれだけ材料に凝れば非球面に匹敵する収差補正ができるでしょう。
↑作例1「阿寒町にて」 ライカM6、ズミクロン50ミリF2、F5.6、1/500秒 コニカクロームSINBI100 |
↑画質はご覧の通り。単層コーティングで、これだけ空気間隔の多いレンズでありながらよくぞと驚くほどのコントラストと透明感で現代でも十分実用になります。見事な「青!」ですね。これ、偏光フィルターは使用していません。当然レタッチもしていない素の読み込み画像です。現行ズミクロンやヘキサノンで撮影したと言っても通用するのではないでしょうか。リアリズム写真全盛の頃の土門拳やブレッソンがこのレンズを愛した理由が分かろうというものです。ズミルックス50ミリF1.4を1段絞るよりズミクロンの開放の方がピントもボケも素直で発色もよろしい。中古のライカMシリーズを購入される方はズミルックスにするかズミクロンにするかで悩まれると思いますが、どうしてもF1.4の明るさが欲しい、または初期型ズミルックスのクセのある描写に興味があるという人でもなければ開放から安心して使えて色ヌケも良いズミクロンのほうが使いやすいと思います。
←作例2「逆光時の作例」 ライカM6、ズミクロン50ミリF2、F5.6、1/500秒 コニカクロームSINBI100 |
↑さすがに、50年前の設計ですので逆光の描写はそれなりですが、それでも同時期のセレナー50ミリF1.8等と比較するとこの時代としてはかなり逆光対策はなされていると思われます。
(←構成図)6群7枚
変形ガウスタイプ
画角:45度
最小絞りF16
最短撮影距離3.4
フィート(1m)
フィルター:39mm
重さ:260g
発売:1956年