第14話:マクロレンズ
マクロレンズとは近接撮影用に最短撮影距離を特別に短く設計されたレンズを言います。
ただし、近接撮影専用のマクロレンズというのは少数派で、普通は無限遠でもピント合わせができて、近接撮影のみならず日常の撮影でも常用できる製品が現在では大半です。
↑(写真1)各社の標準焦点距離のマクロレンズ。 左から順に「AFニッコール55ミリF2.8」 「SMCペンタックスマクロ50ミリF4」 「マクロプラナー60ミリF2.8」 |
(図1)マイクロニッコール 55ミリF2.8 |
(図2)SMCペンタックス Mマクロ50ミリF4 |
(図3)マクロプラナー 60ミリF2.8AE |
(図4)キヤノンFDマクロ 50ミリF3.5 |
(図5)ミノルタMDマクロ 50ミリF3.5 |
(図6)マクロエルマリート R60ミリF2.8 |
撮影倍率(撮像面に投影された画像と被写体との大きさの比)が等倍(1:1)程度のマクロレンズならば焦点距離35−200ミリまでの、通常レンズとあまり変わらないレンズ構成が採用されています(図1〜6参照)。マクロレンズといえどもマクロタイプ独自の構成があるわけではありません。
ただ異なる点は、通常の撮影レンズは無限大時に最良の画質が得られるように設計されているのに対して、マクロレンズは1/5〜1/10倍を中心に最良の画質が得られる設計になっている上に、最短撮影距離を稼ぐためにヘリコイドも極端に大きく前に繰り出せるようになっていることです。
また、複写性能を重視し、収差補正は特に像面彎曲と歪曲収差(ディストーション)の除去が徹底的に行われます。反面、球面収差の補正が後回しになるため一般的に明るさを押さえる傾向にあります。マクロレンズの明るさが一般的にF2.8〜4程度(写真1)と暗めなのはこのためです。
ですので、マクロレンズではない通常の写真レンズを中間リングなどで無理やり繰り出すと像面彎曲が極端にレンズ側に傾き像周辺部が流れるような撮影条件でもマクロレンズならば中心から周辺まで平坦な画像が得られやすいのです(写真7〜9参照)。
↑(写真7)マクロレンズによる作例(倍率1:2) SMCペンタックスマクロ50ミリF4 絞り開放。 |
↑(写真8)通常の標準レンズに接写リングを 装着した作例 SMCタクマー50ミリF1.4 絞りF4 |
↑(写真9)通常の標準レンズにクローズアップ レンズを装着した作例。 SMCタクマー50ミリF1.4+ クローズアップレンズNo5 |
このように無限大から等倍までという広大な撮影範囲の収差変動を最小に抑える為に現在ではほとんどのマクロレンズはレトロフォーカス広角レンズで紹介したようなフローティング(近距離補正)機能を採用しておりヘリコイドのカムは大変複雑な構造になっています(図10〜12)。
(図10)キヤノンEF50ミリ F2.5コンパクトマクロ 後ろはライフサイズ コンバーター |
(図11)ズイコーマクロ 50ミリF3.5 |
(図12)タムロンSP 90ミリF2.5 |
また、過去にはタムロン90ミリF2.5(図12)やキヤノンEF50ミリF2.5コンパクトマクロ(図10)のように最大1/2倍のマクロレンズに専用のライフサイズコンバーターが併売されていた例もあります。これはたんなる中間リングではなく内部に光学系が配されており、繰り出しを与えるだけではなく内蔵された光学系が繰り出すことによって増大した像面彎曲を補正し直していました。
しかし近年ではマスターレンズ単体で等倍まで接写できる製品が増えており、アタッチメントレンズで等倍を稼ぐマクロレンズは少なくなっています。
かつて、フローティングが一般化していなかった時代のマクロレンズは遠距離での画質で劣り接写専用レンズの扱いでしたが今日では撮影距離全域で良好な画質が得られるようになっており、明るさの面でもF2.8が主流になったので日常的に常用できるレンズとなっております。
(写真13)ペンタックスオート接写リングNo3,No2,No1 | (写真14)ソリゴールクローズアップレンズNo1,No2,No3 |
安価で明るいマクロレンズが普及してからはあまり使われなくなった接写用具に接写リング(写真13)とクローズアップレンズ(写真14)があります。
接写リングは見ての通り中に何も光学系は無いただの素通しの筒で、これをマスターレンズとカメラボディの中間に装着する事でマスターレンズを大きく繰り出して最短撮影距離を稼ぐもので、クローズアップレンズは凸凹のレンズを張り合わせたダブルメニスカスレンズをマスターレンズの前にねじ込むことで同様に最短撮影距離を縮めるもので、マクロレンズが普及する以前には簡便なためよく使われていました。しかし、単体での撮影領域がとても狭く、撮影距離を大きく変えるにはアタッチメントを付け替えなければならず煩雑なため連続して撮影距離を変えられる本格的なマクロレンズの普及とともに次第に姿を消していきました。
一方、等倍以上の近接撮影ではかつてはベローズと呼ばれるジャバラ様の繰り出し装置が使われていました。このクラスのレンズになるとマクロというよりマイクロレンズと呼んだ方が欧米では通りが良いです。一般に等倍を超える接写では1本のマクロレンズがカバーできる撮影距離は極めて狭いために数種類のレンズをまとめて購入する必要があります。ベローズによる繰り出し量はM×fミリが必要(つまり倍率4倍の被写体を50ミリレンズで撮影した場合は繰り出し量は20cmになる)なためベローズ用マクロレンズは25ミリや12.5ミリなど極端な短焦点となっています。またこのクラスのレンズになるともはや無限大を撮影する事は考えられていないためレトロフォーカスでバックフォーカスを稼ぐ必要はなくごく普通の対称型構成を採っています。
という事は等倍を超える接写の場合は超広角レンズが最適なの?という方、実は正解です。焦点距離28ミリ以下の超広角レンズをリバースリングでさかさまにしてベローズに装着する撮影方はよく行われていました。この方式ならばレンズ前玉(いや、後玉か)から被写体までの距離(ワーキングディスタンス)が大きく取れるために生き物の撮影には有利だからです。また、等倍を超えると一般の撮影レンズではさかさまにした方が収差の崩れが少なくなります(写真15〜16)。
(ただし、まったく対称型のレンズの場合は当然のことながらリバースリングでさかさまにしても意味はありません。)
しかし、自動露出やオートフォーカス化が進むにつれ、これらの複雑な信号伝達が難しいベローズは廃れています。
(写真15)リバースリングでマスターレンズを逆向き にして撮影した例。 (文献:「隣のお姉さん/櫻木充著/フランス書院) |
(写真16)接写リングでマスターレンズを順向きの まま繰り出して撮影した例。 |
資料)「写真レンズの基礎と発展」(小倉敏布著/朝日ソノラマ刊)
カメラレビュー1981年3月号(朝日ソノラマ刊)
2010/07/19UP
2010/11/14加筆
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