イデオロギースパイ(1945年)
イギリスのフィルビー他3名が共産主義に共鳴して、ソ連に
イギリス諜報部の情報をリガミノックスでコピーして提供していた
事件。1945年に事件が発覚したが、彼はいち早くソ連に亡命。
ソ連で最高勲章を受けて英雄となった。
「ダブルシークレット・エージェント」として映画化されている。
Cボイスのスパイ事件
CボイスとAダルトン・リーによるアメリカの人工衛星情報をソ連に売却していた事件。ミノックスBが資料の複写に使われた。この事件は「コードネームはファルコン」で映画化されている。
でもなぜか映画に登場するのはミノックスLXだったりする(笑)。詳細は次ページ参照。
ペンコフスキー大佐事件(1962年)
ソ連GRUに所属するOペンコフスキー大佐は1960年代からイギリス情報局にソ連の軍事情報や軍高官の個人情報などをミノックスBで複写して提供していた。
これらの情報は1962年10月のキューバ危機で、U2偵察機の撮影した写真の真偽の証明にも活躍、アメリカ側の強気の海上封鎖の根拠にもなった。
彼の情報提供のおかげで核戦争を回避することに成功したとも言えよう。
彼はキューバ危機のさなかの1962年10月に逮捕され翌年銃殺刑に処せられた。
Jウオーカー事件(1985年)
1968年から1985年にかけて米海軍暗号システムの情報をミノックスCによって複写してソ連に提供していた。
裁判の結果、終身刑2回と懲役100年(!)を宣告された。
映像は収監中のJウオーカーのインタビューの様子である。
J・F・ケネディ暗殺疑惑(1963年)
1963年のジョンFケネディ暗殺事件の容疑者として逮捕されたRオズワルドの自宅にはミノックスCがあり、ウオーレンレポートによるとオズワルドは共産主義者でソ連側に情報を提供していたとされているが、確たる証拠はない。そもそもミノックスC発売(1969年)の6年前にオズワルド容疑者は暗殺されているんですけど.....。
田中角栄法廷写真事件(1982年)
1976年に発覚した戦後最大の疑獄事件「ロッキード事件」の被告人、田中角栄元首相の法廷写真を「フォーカス」誌のカメラマン福田文昭氏がミノックスECで隠し撮りし、雑誌に掲載した事件。ミノックスECはプラスチック製でX線検査に引っかからないメリットを生かし、ベルトの内側に隠して法廷に持ち込むことに成功した。この事件を機に日本でもアメリカと同様法廷での撮影を認めるべきだという議論が巻き起こされた。
しかし、結果的には写真週刊誌のダーティーなスキャンダル性ばかりが暴露される結果となり、この種の雑誌の社会的信用を落とすことになったのは皮肉である。
↑NHK「映像の20世紀」
第9章「ベトナムの衝撃」より
Rオズワルド容疑者